債務整理

生命保険の契約者と保険料の負担者が異なるときの自己破産

生命保険の契約者と保険料の負担者が異なるときの自己破産

自己破産手続は、借金を原則として全て無くすことができる債務整理手続です。その代わり、一定額以上の財産は、裁判所により処分され、債権者に配当されてしまいます。

その財産の中には、積立型生命保険の解約返戻金も含まれています。そのため、解約返戻金が一定額以上あると、自己破産手続をすることで生命保険が解約され、解約返戻金を没収されてしまいます。

ところで、生命保険の契約者ではない人、たとえば、契約者の家族が保険料を支払っていることがしばしばあります。

このような場合、自己破産手続では、生命保険の解約返戻金は、契約者と保険料を負担した人のいずれの財産とされるのでしょうか。

1.生命保険の解約返戻金と自己破産

(1) 保険の解約と解約返戻金の没収

生命保険の解約返戻金がおおよその目安として20万円を超えている場合は、生命保険が解約され、解約返戻金を没収されるおそれがあります。

自己破産手続で処分される財産

自己破産手続では、借金を免除する代償に、債務者が持っている財産を債権者に配当するため、裁判所が債務者の財産を処分してしまいます。
没収される財産は、原則として「自由財産」を除く全ての財産です。

自由財産」とは、自己破産をしても、債務者の生活のために残される財産です。法律で、99万円以下の現金・家財道具などが定められています。

また、裁判所の許可により、自由財産の範囲を広げる「自由財産の拡張」という制度もあります。
各地の裁判所は、運用上、一定の範囲で自由財産を拡張していることがほとんどです。

もっとも、自由財産の拡張には限界があります。
ほとんどの裁判所では、個別の品目の財産が20万円以下、もしくは、全財産の合計額が99万円以下までしか、自由財産として持ち続けられる財産を認めていません。

生命保険の解約返戻金の扱い

生命保険の解約返戻金は、生命保険料を支払うことで積み立てて作り上げた財産です。つまり、定期預金と同じような扱いを受けます。

ですから、保険契約を解約され、解約返戻金を処分される可能性があるのです。

解約返戻金も、多くの裁判所では、20万円まではいちいち許可を取らずとも自由財産とされています。

一方、20万円を超えてしまっている解約返戻金については、各地の裁判所の運用や破産管財人の対応、債務者を取り巻く事情次第ですが、原則として自由財産の拡張が困難であり、処分の対象となってしまうと考えてください。

(2) 手続負担の増加

生命保険の解約返戻金が一定額以上あると、自己破産手続にかかる費用や手間などの負担も重くなってしまいます。

自己破産手続には、財産処分などの処理をする「管財事件」と、特段の処理をしない比較的簡単な手続である「同時廃止」の2つの種類があります。

管財事件では、配当処理などを行う「破産管財人」が選任されます。
債務者は自己破産をするために、破産管財人に対して、20万~50万円ほどにもなる報酬を手続費用とは別に支払わなければなりません。
破産管財人が行う配当手続などにも協力する負担も無視できません。

債務者がどれだけの財産を持っていれば管財事件となってしまうのかは、さきほど説明した自由財産の範囲に準じています(裁判所により違いますが、全く同じというわけではありません)。

生命保険の解約返戻金は、ほとんどの裁判所では、自由財産として処分されずに済むのは20万円までとなっていますから、解約返戻金が20万円を超える場合には、管財事件となってしまい、手続の負担が増えてしまうおそれがあります。

2.解約返戻金の所有権

生命保険の解約返戻金があると、自己破産手続をするうえで問題が生じてしまうおそれがあることをご理解いただけたと思います。

もっとも、自己破産手続で処分の対象となるのは、あくまで、手続をする債務者の財産です。
すると、生命保険の解約返戻金が債務者の財産と言えるかどうかは、自己破産手続をするうえでとても重要になります。

生命保険では、契約者と、実際に保険料を支払っている保険料の負担者が異なっていることがよくあります。
このとき、自己破産手続の中では、解約返戻金は、保険の契約者の財産となるのか、それとも、保険料の負担者の財産となるのか。

以下、自己破産手続をする人が、保険契約者の場合と保険料を負担した人の場合に分けて説明します。

(1) 保険契約者が自己破産手続をする場合

原則としては、生命保険の解約返戻金は、生命保険契約をしている契約者の財産になります。解約返戻金の受取人は、契約上、あくまでも保険の契約者だからです。

そのため、保険契約者が自己破産手続をした場合には、保険料を支払っていなくとも、解約返戻金は契約者の財産であるとして、管財事件となってしまうおそれや、生命保険契約の解約及び解約返戻金没収のおそれが生じることになります。

【例外:契約者が「契約者としての実質」を備えていない場合】
保険契約者に、契約当事者としての振る舞いがない場合には、「契約者としての実質」がないとして、解約返戻金は、保険料を負担した人の財産とされることがあります。保険契約上の契約名義があっても、それは形式的なものにすぎないといえるからです。
具体的には、以下の事情です。
・保険料を全く支払っていない
・生命保険料控除など税法上の申告をしたことが一度もないなど、生命保険を契約したことによる利益を受けようとした痕跡がない
この場合、「実質的な契約者」は、契約者=契約書の名義人ではなく、保険料を負担した人であるとされます。
そのため、解約返戻金は保険料を負担した人のものとされ、保険契約者の財産とはされません。結果として、保険契約者が自己破産手続をしても、解約返戻金は処分されないことになります。
しかし、これらの事情が満たされるのは、事実上、生命保険料を負担している人が、他人の名義で勝手に保険契約を結んだような場合(つまり、保険の契約者は自らの名義で生命保険が契約されたことを全く認識していなかった場合)くらいでしょう。
結局、ほとんどの場合、保険契約者が自己破産する場合には、その解約返戻金は契約者の財産とされるといえます。

(2) 保険料を負担した人が自己破産手続をする場合

この場合であっても、解約返戻金は保険契約者の財産であるという原則は変わりません。
ですから、保険料を負担した人は、自らが保険料を負担している保険契約を解約されることも、その解約返戻金を没収されることも、基本的にはありません。

しかし、それでは、債務者である保険料を負担した人は、生命保険料という形で財産を保険の契約者に流出させ、手続後に保険料の対価としての性質を持つ解約返戻金を契約者から取り戻すことで、長期にわたる保険料支払い額相当の財産を配当させずに自分のものにできてしまいます。

保険契約者と保険料を負担した人が家族関係など親密なつながりを持っていることが多いため、このようなおそれは無視できません。

そのため、裁判所の運用や、破産管財人の姿勢、保険料を支払っている期間の長さなどの諸事情によっては、例外的に、解約返戻金が保険料を負担した人の財産とされる可能性があります。

先ほど説明した契約者に無断で保険契約をしていた場合はもちろんその可能性があります。それだけでなく、保険契約者に対して生命保険の解約返戻金という形で財産を贈与したとみなされる場合も注意が必要です。贈与したということは、もとは保険料を負担した人の財産だったとして、解約返戻金が没収されるおそれがあります。

3.自己破産直前に名義変更することのリスク

もともと債務者自ら生命保険を契約するとともに、保険料を負担していたにもかかわらず、生命保険を解約され解約返戻金を没収されないようにするためにと、自己破産手続直前に契約者を他人に変更することは、絶対にやめてください。

自己破産手続では、免責するには不適切な事情である「免責不許可事由」が規定されています。免責不許可事由があれば、その調査のために管財事件となり負担が重くなるだけでなく、免責されないリスクが生じます。

一般的には、裁判所の総合判断で免責を認める「裁量免責制度」により、免責不許可事由がある債務者も免責を受けていますが、悪質なケースだと本当に免責されないこともあります。

財産名義を形式だけ他人に変えて、自分の財産ではないように見せかけ、配当されないようにする「財産隠し」は、非常に悪質な免責不許可事由になります。
下手をすれば、破産詐欺罪という犯罪になることもあるのです。

4.生命保険の解約返戻金がある場合は弁護士に相談を

このコラムで説明した解約返戻金の問題は、他の保険、特に、貯蓄の性質が強く、保険契約者と保険料を負担している人が異なりやすい学資保険などにも生じます。

自己破産手続における手続の振り分けや自由財産の範囲、拡張の限界などについては、各裁判所で運用が細かく異なっているため、申立先の裁判所の運用に通じた弁護士でなければ、契約者と保険料を負担する人が異なる生命保険の解約返戻金がどのように扱われることになるかの予測を立てることは困難です。

一般の方が単独で対応しようとすると、下手をすれば財産隠しをしようとしたとみなされかねません。

泉総合法律事務所には、自己破産に精通した弁護士が多数在籍し、皆様のご相談をお待ちしております。
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